国土交通省のインフラ分野で、発注業務と技術提案審査を支援するAIエージェントの開発・検証が始まります。
Preferred Networks(PFN)とデロイト トーマツが共同で受託したもので、主な対象は、図面・数量総括表・特記仕様書の整合性確認と、技術提案審査で発生する事実確認・文書整理です。
特徴は、AIに行政判断そのものを任せないことです。AIは複数の文書を横断して不整合や関連箇所を探し、根拠ページや該当箇所、信頼度などを示します。最終的な判断は職員が行うHuman-in-the-Loop(HITL)型で設計されます。
この記事では、2つのAIエージェントが何をするのか、なぜPDF・Excel・Wordをまたぐ処理が重要なのか、行政以外の調達・契約業務へどこまで応用できそうかを見ていきます。
今回の実証は「発注」と「技術提案審査」の2つを支援する
PFNは2026年9月8日、デロイト トーマツと共同で、国土交通省の「インフラ分野における業務プロセス全体の高度化・効率化に資するAI技術の検証 その2業務」を受託したと発表しました。
開発・検証するAIエージェントは、大きく2つです。
- 発注図書のクロスモーダル整合性検証
- 技術提案審査支援
国土交通省から業務知見と検証データの提供を受け、PFNがAIエージェントの開発・実証を担当します。デロイト トーマツは、業務分析、判断基準の構造化、AIを適用する業務の選定、業務フロー再設計、評価・ガバナンス設計、実装ロードマップ策定を担います。
業務完了は2027年3月を予定しており、現場のフィードバックを反映しながら段階的に検証を進める計画です。
1. PDF・Excel・Wordを横断して発注図書の不整合を探す
インフラ発注では、図面、数量総括表、特記仕様書が別々の形式で作成・更新されます。
例えば、図面を修正したのに数量総括表へ反映されていない、仕様書だけ旧条件が残っている、といった不整合が起きると、公告後の質問や修正対応につながります。
今回のAIエージェントでは、
- 図面:PDFなど
- 数量総括表:Excel
- 特記仕様書:Word
という異なる形式の文書を横断して解析します。
ここで使われるのが、文書や画像を扱うVLM(視覚言語モデル)と、文章の意味や条件を扱うLLM(大規模言語モデル)の組み合わせです。
AIが最終的に「正しい/間違い」を確定するのではなく、不整合の候補を見つけて人へ提示し、修正作業や確認作業を減らすことを狙っています。

この構造は、建設・設備分野以外にも応用しやすい考え方です。仕様書、見積書、設計図、契約書など、同じ案件の情報が複数形式へ分かれている業務では、文書を1つずつ要約するより、文書同士が矛盾していないかを見る方が業務価値につながる場面があります。
2. 技術提案審査では「評価」ではなく事実確認を支援する
もう1つは、技術提案審査の支援です。
AIエージェントが担当する予定の作業には、次のようなものがあります。
- 業務実績などの事実確認
- 入札要件と提案内容の照合
- 評価観点ごとの関連箇所の提示
- 企業名・個人名などのマスキング候補抽出
ここで重要なのは、評価そのものにはAIが介入しないと明記されている点です。
AIは「この提案を高く評価すべき」と決めるのではなく、審査担当者が判断するために必要な情報を探し、該当箇所を整理します。
発注や審査は、結果だけでなく「なぜその判断をしたのか」を後から説明できることが重要です。そのため、単純な自動判定よりも、根拠を残して人が確認できる仕組みの方が公共実務に合っています。
Human-in-the-LoopでAIの出力を人が確認する
今回の基本方針は、Human-in-the-Loop(HITL)型です。
AIの出力には、
- 根拠ページ
- 該当箇所
- 信頼度
- 人による確認が必要なことを示すフラグ
を付ける計画です。
AIが候補を出し、その理由や参照箇所を示し、最後に人が確認して判断する流れになります。

この設計は、以前まとめたAIエージェントの権限管理とも共通します。AIへ作業を任せる範囲を広げても、影響の大きい判断まで自動化する必要はありません。

実務では、AIに何をさせるかだけでなく、どこで人へ戻すかを先に決めることが重要になります。
国交省のAI実装方針とも一致する
国土交通省は、インフラ分野のAI実装で、AIを人の判断と行動を支える基盤として位置づけています。
発注者や管理者の業務で生成AIを活用しながらも、価値判断、意思決定、説明責任は人が担うという方向です。
今回の発注・審査支援は、その考え方を実務へ落とし込んだ事例と見ることができます。
特に公共業務では、精度だけでなく、
- どの情報を参照したか
- なぜ候補として出したか
- 人がどこで確認したか
- 最終判断を誰が行ったか
を追えることが重要です。
AIエージェントの評価では、回答が合っていたかだけでなく、この監査可能性まで含めて見る必要があります。
使用するモデルは現時点では公表されていない
PFNは国産基盤モデル「PLaMo」を開発していますが、今回の発表では、この実証でPLaMoを使用すると明記されていません。
VLMとLLMを組み合わせることは公表されていますが、具体的なモデル名、構成、オンプレミスかクラウドかといった実装詳細は現時点では未公表です。
そのため、「国交省がPLaMoを使う実証」と断定するのは避けた方がよい状態です。
今後の検証で確認したいのは、モデル名そのものより、
- 図面と表の数値をどの程度正確に照合できるか
- 文書量が増えたときに精度が維持できるか
- 信頼度や要確認フラグをどう評価するか
- 誤検出と見落としをどう測るか
- 現場の確認時間をどれだけ減らせるか
といった実務指標です。
民間企業の調達・契約業務にも応用できる考え方
今回の実証は国土交通省向けですが、構造自体は民間企業でもよくある業務です。
例えば、調達や契約では、
- 要件書
- 見積書
- 提案書
- 契約書
- 仕様書
- 過去実績
が別ファイルになっていることがあります。
このときAIへ「全部読んで判断して」と任せるより、役割を分けた方が現実的です。
AIへ任せやすい仕事
- 条件の抽出
- 文書間の差分確認
- 数値・名称の照合
- 関連箇所の抽出
- マスキング候補の提示
- 根拠ページの整理
人に残したい仕事
- 評価基準の決定
- 例外の扱い
- 採用・不採用の判断
- 契約条件の最終判断
- AIの誤検出を踏まえた判断
AIを使うほど人の仕事がなくなるというより、人が読む前にAIが確認材料をそろえる形へ変わると考えた方が、今回の実証に近いです。
UberのAI Software Factoryでも、AIの利用量を増やすだけでなく、役割分担、評価、コスト管理まで含めて仕組みを作っていました。

分野は違っても、AIエージェントを業務へ組み込むときに「実行」と「判断」を分ける考え方は共通しています。
今後は精度より「実務で使えるか」が焦点になる
2027年3月までの実証では、現場のフィードバックを取り込みながら、実際に使えるAI支援の形を詰めていく予定です。
PFNは、技術提案審査支援について、省庁、地方自治体、独立行政法人など他の行政機関への展開も検討するとしています。発注図書の整合性検証についても、インフラ・建設・設備分野への応用を想定しています。
今後確認したいのは、単純な正答率だけではありません。
- 人の確認時間がどれだけ減るか
- 見落としが減るか
- AIの根拠提示が監査に使えるか
- 誤検出が現場の負担にならないか
- 担当者が安心して最終判断できるか
まで含めて、実務上の効果を見る必要があります。
まとめ
国土交通省の今回のAIエージェント実証は、AIへ行政判断を任せる取り組みではありません。
PDF・Excel・Wordを横断して発注図書の不整合を探し、技術提案審査では事実確認や関連箇所の提示を支援します。そのうえで、最終判断は職員が行います。
注目したいのは、AIが答えを出すことより、人が判断するための根拠をそろえる設計になっていることです。
行政に限らず、複数文書を照合する調達・契約・監査などの業務では、このHITL型の構成を応用できます。AIエージェントを業務へ入れるときは、「何を自動化するか」と同時に「どの判断を人へ残すか」を設計することが重要です。

